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2012年1月25日

確かなイバショ

「ただいま!」
で始まる、学童保育所で過ごす子どもたちの放課後の生活。そんな「ただいま」の後は先ずは宿題、そしてここ中川学童の子どもたちは『あのね』(日記)を書きます。
 昨日、子どもたちの宿題をみていた相棒指導員が、
「Iちゃんの『あのね』を見て下さい」
と、Iちゃん(1年生)のノートを見せてくれました。ノートを手渡してくれた彼女の顔はとても嬉しそう。なぜならそこには、
「あのね、がくどうのしどういんが しゃりばんたちでよかった。」
の、短いながらもIちゃんの想いがこもった言葉が!その言葉に、私も思わずニッコリ。
 このことをお迎えにみえたお母さんに伝えると、保育園、そしてトワイライトでもなかなか馴染めなかったというIちゃんは、今でも習い事の教室などに行くと泣けてしまうとのこと。そして、
「唯一ここだけが(中川学童だけが)、元気に過ごせる場所です」
と。
 1年生の9月から正式入所したIちゃん、ここは彼女の確かな“イバショ”になっています。
 いやぁ~、それにしてもこうした子どもたちの言葉、本当に嬉しいです。まさに指導員冥利!こんな子どもたちに元気がもらえるから、私たちはがんばることができます。
 Iちゃんありがとう。
 さて、今日の保育プログラムは『中川学童オリジナル年賀ハガキ・大抽選会』というお楽しみに企画。新年子どもたちに送ったカードに連番をふってあるので、それを使って抽選会を行います。景品の多くは、私たち指導員の押入れの中に眠っていたモノや、いただきモノ。昨日、包装した景品を保育室に置いておいたので、また、その景品名を掲示しておいたので、きっとみんな、今日はワクワク・ドキドキしながら帰ってくるんだろうな(#^.^#)。
「ただいま」
で始まる、学童保育所で過ごす子どもたちの放課後の生活。私たちは、もちろん!
「おかえり!」
さぁ、今日はなにしてあそぶ?



2011年6月23日

沖縄 慰霊の日に

 中川学童保育所の特長の一つとして年平均130~150号発行している、学童保育所通信『てだのふぁ』をあげることができます。つまりこれは一週間に3号発行していることになり、こうして考えると結構大変なことですが、一番には日々の子どもたちの様子を“伝えたい!”という欲求に駆られて続けています。
 同時に、このことはこれまでも述べてきましたが、私は学童保育所の生命線は、子どもを真ん中にした親と指導員の“共感”だと考えており、そのための一つのスツール、これが中川学童では『てだのふぁ』なのです。
 てだのふぁ…、きっと知っている方は知っている言葉なのではないかと思います。なぜ通信名が『てだのふぁ』なのか、この通信にどんな想いを込めたのか、このことを毎年春先に通信に掲載します。

-以下、中川学童保育所通信『てだのふぁ』2011年度№39より-
 皆さんのお手元にお届けしている学童通信『てだのふぁ』-      “てだのふぁ”というのは沖縄の方言で“太陽の子”という意味です。
 そしてこれは児童文学者・灰谷健次郎氏(故人)の著作『太陽の子』から転用しました。
 人との出会い、音楽・映画・本との出会い‥など、人生の中には様々な出会いがあります。そして、そんな出会いによって自分が大きく変えられることや、物の見方が大きく変わることってありますよね。私にとって灰谷文学は、そんな大きな出会いでした。
 『太陽の子』の中で、主人公のふうちゃんが担任の先生にあてた手紙に
「知らなければならないことを知らないでいるような、そんな勇気のない人間にはなりたくはない‥」
というそんな一節があります。そしてふうちゃんは勇気をもって、自分につながる人の歴史をたどって行きます。私たちの生活の中には、権力によって意図的に知らされないでいることや、歪められてしまっている事実-、知らされていない歴史、そんなことが本当にたくさんあります。
 私が出会う子どもたちにも、ふうちゃんのように考えることができるような、そんな子に育ってほしい‥そんな願いを込めて命名しました。 もちろん、子どもたちの前に、先ずは私たちが学ばなければ、そんな視点を持たなければなりません。子どもたちは身近にいる大人に憧れをもって成長します。私たち自身が、子どもにとっての良き模倣者でありたいですね。
 
 さて、「ありったけの地獄を集めた」(米軍報告書)という戦いに20万人を超す命が消えた沖縄戦(以上、6月23日付・朝日新聞『天声人語』より抜粋)。今日、沖縄は66回目の「慰霊の日」を迎えました。しかしそんな沖縄のことを、私は名古屋に出てくるまで、そして大学で沖縄出身のクラスメイトに出会うまでは知りませんでした。
 20代半ばだったでしょうか、初めて沖縄に行き南部戦跡巡りを行いました。そしてこれもまた初めて入ったガマ(洞窟)で、ガイドさんの合図で参加者が一斉に懐中電灯を消したときの漆黒の闇。
 その暗さ…、それまで経験したことのないものでした。この中で、死人もいる横で赤ちゃんからお年寄りまでが身を潜めていたとは…。そのときの衝撃、いまでも忘れることができません。
 そして、こうした歴史の事実、きちんと伝えていかなければならないと思います。

 ところで、子どもたち全員を満遍なく均等にこの通信で紹介したい‥という想いはあるものの、どうしてもその時々のトピックス(ドラマ、事件など)や“旬の時”(お子さんが大きくかわる時)を迎えた子どもたちの話題が中心となってしまう傾向があり、我が子の名前が何号に渡っても見当たらない!なんてこともあるかもしれません。しかし、自分のお子さんのお名前がなくても、他の子の様子にもぜひ注目してください。学童っ子みんなを我が子のように見ていただくことができれば‥と思います。子どもたちの成長の速度は一人一人違います。 “旬の時”は、必ずみんなに訪れます。


 しかし、皆さんの想いと私たちの想いがズレているのでは?ということを感じられた場合は、5月父母会では通知表の取り扱いを例にお話しさせていただいましたが、遠慮されずそのときにお知らせ下さい。

 さぁ、一緒に子どもたちを見守って行きましょう。

 さて、『てだのふぁ』ですが、第1号発行は1984年10月。足かけ27年、この4月に通巻3,000号となりました。保護者の皆さんから卒所されるときに
「1年生の頃からのもの、ずっと取っておいています」
の言葉や、また、日々の
「この前、『てだのふぁ』に○○○○○○○○○○○○のことがのっていたね」
などのキャッチーボールの様な言葉に励まされてここまできました。号数を重ねればいいというものではありませんが、また、NPBの名球会入りを目指しているわけではありませんが(^_^;、私の目に映る子どもたちの姿をできるだけ伝えて行きたいと思います。
 ところで、私が通信発行を始めた頃は(通信名が『てだのふぁ』になる前)、ナント!学童からの発行物はガリ版でつくっていたのですよ。今なら修正は簡単ですが、当時は下書きをした上で、コリコリ…と。字を間違えると修正液で修正し、再びその上から。そして印刷は手を真っ黒にしながらローラーを回して一枚ずつ手刷りで…。
 しばらして、学校に勤めている保護者のルートで廃棄処分の輪転機が入った時は、もう涙、涙!でした(#^.^#)。それが今はパソコンとレーザープリンター。いやぁ~、時代は変わりました。
 そしてその時代はこれからも変わって行くことでしょう。しかしどんなに時代が変わっても、どんな時代になっても変わらないもの、それは人の命の重さです。
 みんなの命が大切にされる、そんな社会に、世界にして行きたいですね。…なんて、大風呂敷は広げられませんが(^_^;、今やっていることを精一杯やることで、きっと、ここから何かが生まれ育ち、そしてそれは社会を変えて行くための、小さいけれど大切な一つの力に。


 命どぅ宝。沖縄、慰霊の日に…。

灰谷健次郎氏の『太陽の子』は、
学童を卒所する子どもたちにプレゼントしています-
 

2011年6月7日

I'm 学童指導員

 指導員の仕事って…?
魅力あるものの、きっと多くの指導員の皆さんが悩みながら、日々働いていることと思います。
 子どもたち、そして保護者の皆さんと心が通ったときの喜び、逆に想いが空回りし心の置き場がなくなってしまうときなど、その魅力や悩み、それは何れも人が相手であることから。
 そしてその仕事の中身も際限がないことも魅力であると共に、これもまた多くの指導員を苦しめていることになっているのではないかと思います。
 さて、そんな指導員の仕事って?
『日本の学童ほいく』誌・6月号に垣内 国光先生が「共感共生労働としての学童保育」という論文を寄稿されていて、指導員の仕事について論じて下さっています。
 指導員の仕事を“ケア労働”として問題提起されると共に、指導員を「余計なことまでしたがる人々」と。「余計なことまでしたがる人々」…、我が身を振り返るとジグソーパズルの最後の1ピースのように、まさにピッタリとはまります(#^.^#)。そしてこの定義は指導員に対しての最大の賛辞なのではないかと思います。
 以前、港区連協20周年記念で三上 満先生の講演を行ったとき、我が身、我が家庭を省みず学童の父母会や連絡協議会の活動にのめり込む人のことを、
「お人好しでおっちょこちょいの人」
とし、そんな
「お人好しでおっちょこちょいの人が、運動をつくり支えている」
と述べられたとき、温かなエールを贈られたと感じましたが、「余計なことまでしたがる人々」にも同じような響きと温かさが。

 さて、前置きがながくなりましたが、日々学童保育の現場で奮闘されている指導員の皆さん、本当にご苦労さまです。
 垣内先生の「共感共生労働としての学童保育」には指導員の仕事についてのヒントがあるとともに、これからのバイブルの一つになることと思います。ぜひ、お読み下さい。
 もちろん、保護者の皆さんも。

 mixiに私が管理人を務める『学童保育-仲間の広場-』コミュもあるので、良ければ、コチラもご参考に。

《写真》8年前の娘。従姉妹達と。

2011年3月19日

卒業、おめでとう!そして、ありがとう(#^.^#)!

 前回、BlogをUpしたのは2月15日(^^ゞ…。う~ん、忙しかったとはいえ、相変わらず時間の使い方が下手!おまけに飲まなきゃいいのに、そこは削らずむしろ増えているので余計始末が…。
 では気を取り直し、これから少しずつ感じたことを、皆さんと共有したいウレシイ話しなどを少しずつUpして行きますね(どうせ三日坊主!だなんて言わないで(#^.^#))。

 昨日、3月18日(金)は名古屋市市立小学校の卒業式でした。今年、中川学童では一足先に養護学校の卒業式を終えたS香と共に、K心とN詠を卒業&卒所生として送り出します。2005年度入所のこの学年、当時は8名が入所しましたが、その後引っ越しなどもあり学童を“卒所”するのはS香・K心・N詠の3人です。
 学童に6年間在籍するということ、これは手前味噌かもしれませんが、とてもステキなことだと思います。かけがえのないことだと思います。学童に6年間在籍するには子どもの想いだけでもダメ、お父さん・お母さんの想いだけでもダメ。親子の想いがくっついたり離れたりしながらも学童とつながり、学童に親子共の確かなイバショとなれる仲間が居ることで実現できるのではないかと思います。
 さて、そんな卒業式の日、とても嬉しいことがありました。
 中川学童では卒業式の日は式を終えた卒業生と家族が学童に立ち寄り、みんなで記念写真をとります(この情報は近日中、当学童保育所HPにUpするので、ぜひお出かけ下さい)。そんな思い出の時間を過ごし子どもたちが昼食をとっていると(この時間、私は実務仕事)、相棒指導員から、
「珍しい人が(外に)…」
の声。その声に玄関へ出てみると、Y翔とお父さん・お母さんが!
 今年卒業を迎えた2005年度入学&入所のY翔とK家は引っ越しのため、その年の12月で中川学童を退所しました。学童入所時にはすでに転居・転校が決まっていたとのことなので、これは仕方のないことです。しかし、そこがK家のステキなところで、学童退所にあたっては随分悩まれたそうです。入所前と入所後では、学童の印象が大きく変わったとのことで、その時すでに中川学区外で契約していた新居の解約も考えられたとか。
 きっと、お父さん・お母さんは、学童は“ただ預けるだけの場所”ではなく、子どもを真ん中に“人と人がつながっている場所”“放課後のおうち”だと感じられたのでしょうね。
 K家が引っ越し・退所されてから5年、Y翔が中川学童で過ごしたのは僅か9ヶ月だったのに、Y翔とK家にとって大切な日に会いに来て下さった…。とても嬉しかったです。
 久しぶりに会ったY翔はスラッと身長が伸びていて、しかし人懐っこい笑顔は変わらず、Kさんご夫妻も相変わらずお若く(#^.^#)…、久しぶりにお会いできて、本当にうれしかったです。
 Y翔、そしてKさん、ありがとう。
 そして、卒業、おめでとうございます。

《写真》2005年、学童の庭で(猫の額ほどの(^^ゞ)

2011年1月6日

Viva!昼間の兄弟たち!

 学童は、子どもたちにとっては卒所(6年間学童に在籍し、小学校を卒業するにあたって学童からも巣立つこと)しても心の故郷になっているのかな?
 昨年12月のはじめ、土曜日のお出かけ保育帰路の地下鉄で、部活帰りだというA子に偶然に会いました。するとA 子、
「今から(学童に)あそびに行っていい?」
 もちろんOK(#^.^#)!しかもA子は、この後、学童っ子はおやつになることを知っているから、気を遣っておやつが終わった頃に学童に。
 そのA子、先日も中学校の仲良し同級生を連れて学童にあそびにきてくれました。そんな“自分たちのことをわかってくれている”お兄さん・お姉さんたちは、もう子どもたちのオンブ&ダッコ&のしかかり攻撃(#^.^#)の恰好の的です。
 子どもたちは、いくつになっても何年生になってもこうしたスキンシップ、スキンシップあそびが大好き。求めています(しかし、これにつきあうには、相当な体力が必要ですよね(^_^;)。だからこのように自然に“受け止めてくれる”こんなお姉さんたち、子どもたちは大好きです。
 さて、明日・7日(金)始業式の日は学童給食日です。学童給食日としたものの、この日の午前中の指導員体制は手薄であるため、お迎え対応などを考えると、30~人分用意しなければならない昼食を当日準備するには無理があります。そこで仕込みを本日決行!しかし保育をしながらなので、ここでも多少の無理が…。当然私の目にはA子が(#^.^#)!
 「A子、じゃがいもの皮むきを手伝って」
「エーッ、おやつ食べるんじゃなかった」
この日はパートーナー指導員から余り物のおやつをもらって食べたようで(^_^;、そんなことを言いながらもA子は、約10個のじゃがいもをそれはそれは丁寧にむいてくれました。
 明日の学童給食は『七草がゆ』といきたいところですが、各家庭のその日の食事とダブることも想像できるので、メインメニューは煮物。

きっと、Yッシーは、
「メッチャ、うまい!」
と言って食べてくれるんだろうな。
 不惑を過ぎていてこんなことを言っていてはいけませんが、何かと凹み凹まされることも多い指導員の仕事ですが、こうした子どもたち、そしてそれを支える保護者皆さんの陰ながらの想いがあるから、今も。

2010年12月23日

Sandbag

 学童指導員はSandbag?
 一労働者として自ら捨ててしまっている就業規則( これは自分の責任であり、誤り)。就業規則の中での就業時間は10:00~18:00。しかし9:00過ぎの電話にも対応し最後のお迎えの子を送り出し保育室の掃除を始められるのは19:00前。とうていこの中ではすべての仕事は完了できない。
 今も昔も学童には基準がない。そしてそれは仕事内容につていも。例えば、通信の発行は?対外庶務は?また、今時の時勢で言うならHPは?
 私たちの前では飛びっ切りの笑顔を見せている子どもたち。そんな誰とも比べることができない子どもたち一人一人の確かな瞬間。力不足?まだまだ伝え切れていないのか…。
 カーテン越しに白む空と、まもなく底に到達する焼酎ボトルを見ながら、今日もまた、金八先生のモデルになった三上 満氏の『眠れぬ夜の教師のために』 を手にする。

2010年8月16日

Mちゃん、お手紙ありがとう!そして学童の中で…

 8月6日(金)の引率保育中に発熱(^_^;…。
まったく情けない。原因はあきらかに不摂生。子どもたち、そして保護者の皆さんには「早寝早起きで規則正しい生活を心がけ、健康で楽しい夏休みに」、また、パートさん面接の時には「体調不調は注意散漫のもと。重大な事故につながる可能性があるので、自らの体調管理を怠らないように…」などとエラそうなことを言っているのに。ちなみに、39度2分出たこの日の引率保育、熱でボーッとしていたのだろう、ナント!自分のリュックを地下鉄に忘れるという体たらく(もちろん、なにがあっても子どもたちの確認などに抜かりはありません)。
 さて、今回体調を崩したことにより、翌日・7日の保育はグループ学童の指導員さんのサポートを得ることができ、保育は外れることに。しかし、諸々の実務があるため、朝学童に出勤すると、K学童のKちゃんは、私の顔を見るなり、
「シャリバン、おねつ、だいじょうぶ?」
こんな子どもの言葉、涙が出ます。我が学童のK真くんは、
「シャリバン、だいじょうぶ?おかあさんが、シンパイしていた」
 そして、翌週はパートーナー指導員が、K学童Mちゃんのお手紙を言付かってきてくれました。みんな、本当にありがとう(#^.^#)。
これはまさに指導員冥利!
 さて、こうした経緯の中、本日、保護者の方から、K真くんのお母さんから以下のメールが。
「お疲れ様です。シャリバンの風邪はどうでしょうか?完全復活でしょうか?たいへん失礼なんですが、あんなに“てだのふぁ”かいて、いろんなことしている姿を見ていて、本当に普通の人間なのかと思ってました…熱をだしたときいたとき、あっシャリバンも普通の人間だと、大変失礼ながら思ってしまいました。すいません。体大事にしてくださいね。家のK真さん(*1年生)は家では味噌汁の豆腐しか食べなかったんですが、この間、豆腐の味噌汁、汁も全部飲んでいました。なんだかえらく感動してしまいました。これもみなさまのおかげです。余計なことをなかながと書きましたが、これまでのことは読み流していただいて本題です。キャンプについてですが、母は一泊二日で参加を予定を出していましたが、勤務表がでてキャンプの日3日間休みになりました。可能であれば母もキャンプ初日から参加したいと思っておりますがどうでしょうか?」
 子どものみならず、こうした保護者の方からのメッセージも、やはり指導員冥利。そして、このメッセージの中には学童の最大の特長である、“子ども集団”があるという優位性も。きっとK真は味噌汁が苦手だったのでしょう。
 そういえば先日、学童給食時、K真と一緒のテーブルのK河の食器に盛りつけられていた昼食に思わず、
「シマッタ!」
私がこの日配膳を任せたパートさんに明確に指示しなかったために、K河の食器には彼の苦手な野菜が所狭しと(^_^;。中川学童のおやつや食事における一番のルールは、
   1,残さない(この意味はわかりますよね)
   2,そのために、苦手なものは最初に減らす。
 従って、この時の状況は、指導員にとっても、子どもにとっても大きなストレスである。しかし、この間のK河の状況からすると、あまりに酷である。そこでK河に、すでに手がつけられていてルールからは残すことができないものの、
「ハンブンニ シヨウカ?」
と聞くと、K河は
「ううん…(たべる)」
と、首を左右に!
 この日、時間はかかったものの、同じ班のK真とK河は苦手な食べものも残さず最後まで。

 学童で、みんな着実に大きくなっている。

 さぁ、キャンプはこんな子どもたちの“今”を肴に、大いに交流しましょう!

2010年6月18日

OBの皆さんへ

 先の投稿で中川学童の特長の一つを紹介しましたが、OBの皆さんとも繋がっていること、このこともそんな特長の一つです。
 先日、子どもたちが帰った後事務仕事とをしているとOBの方から
「今、M(たまり場の焼き肉屋さん)で飲んでいるんだけど、出てこない?」
と。本当に嬉しいお誘いです。
 また、先日は近況報告と共に、新保育室お披露目餅つきまつりの夜、OBの皆さんと交流した時のことを「ありがとう」と、そんな丁寧なメールが届きました。
 こちらこそ、「ありがとうございます」です。
 今回のプレハブ建て替えでは、OBの皆さんには本当にお世話になりました。無精で不作法な私ですが、こうした時に力を貸して下さる…、本当に感謝です。そんなこれまで出会った沢山の皆さんに支えられて、今、私はここにいることができます。本当にありがとうございます。
 さて、もちつきまつりの夜、別席で飲んでいたものの、新しい保育室、皆さんも気になるのでしょう。みんな千鳥足で移動し(#^.^#)、改めて、暫し、新しくはなったものの懐かしい場所で旧交を温めました。
 そして名残は尽きないけれど“おひらき”の段になると、かつて学童っ子だった子が車で酔っぱらいトーチャンを迎えに!この日迎えに来たのはMちゃんと妹のAちゃん。この子たちは学童入所後、すぐに引っ越したので、会うのは20年ぶりぐらいでしょうか。人なつっこい笑顔は変わらないものの、大人の女性になっていたMちゃん。こうした瞬間があること、これもまた指導員冥利です。
 ずっとほったらかしてきてしまったため、学童で子育て論なんか語れないような私の子育てと、息子の今。時々色んなところで出会う立派な青年になった学童っ子たち、さぁ、我が息子は?

 何はともあれ、OBの皆さん、これからもよろしくお願いします。



2010年6月9日

学童DNA


 色んな特長があるここ中川学童ですが、“人が寄ってくる…”“人の寄りがいい…”というのも一つの特長なのではないかと思います。ですから、よくお迎えにみえた時、あのお姉さんは?あのお兄さんは?と思われている、お父さんお母さんもみえるのでは。 先々週だったでしょうか、その時は昨夏アルバイトで保育に入ってくれていたアメリカの大学に通うお姉さんが、帰国したからと寄ってくれました。

 そして昨日、公園であそんでいると高校2年生のOG・A実が顔を出してくれました。学童に寄ったところ、カナッチに公園に居ることを聞き追いかけてきてくれたのです。 学童との距離は各家庭、そして何よりも子どもたち一人一人違いますが、中川学童には周期的に、“ミスター学童っ子”“ミス学童っ子”と言えるような子が出現します(笑)。学童DNAをいっぱいもったそんな子です。 
 学童DNA…?惹いて言うなら 
   ・人が大好き 
   ・小さな子の面倒を自然に見ることができる 
   ・みんなで何かをやることが好き!
…などなど、そんなステキな感性があること。私はそれを学童DNAと勝手に名付けています(笑)。 
 そして、今見ている子たちにも、人が好きで、人とつながって、みんなで何かをやることが好きな子になってほしいと、そんな願いをもって日々保育にあたっています。 
 さて、昨日学童に顔を出してくれたA実は、高校生になり演劇部を頑張っています。従って部活中心の生活なので、最近、顔を出すのはほんのたまにで、しかし、年に何回か何らかの周期で、そして彼女の中で何かあったときにここに足を運びます。 だから昨日は、
「何か、話したかったんだろう?」
と尋ねると、演劇部のことを話し始めました。 新しい作品のためのオーデションがあったこと。その中の二つの役に選ばれたこと。その一つは予期していなかった役で、その発表の時、
「緊張で涙が出てきた」
とのこと。そう、昨日はこのことを話したかったのですね、聞いて欲しかったのですね。 
 制服のため、公園では思いっきり子どもたちとあそぶことはできませんでしたが、子どもの頃から変わらないA実スマイルで、チビッ子に絡んでくれる彼女の姿、そんな姿を見ることができることはまさに指導員冥利です(もちろん彼女も、今に至るまでは色んなことがあり、それを乗り越えてきました)。
 公園から自転車を押して一緒に帰ってくれたA実、学童についてしばらくすると、
「ジャァ、帰るわ。今から友だちに会うんだ」
と。学校が終わって友だちと会うまでの間、フッと寄ることができる場所が地域にあること、学童は高校生になったA実にとっても、確かな“イバショ”なのですね。そしてそんな時に話しを聞いてくれる気心が知れた指導員がいる…、このことも手前味噌ではありますが、とても大切なことです。
 こうしたことからも、地域から学童をなくしてはいけませんね。今年度、名古屋市の学童制度は一定前進しました。しかし、助成金額がどこの学童も一緒など、まだまだその内容は不十分です。こうした中、まもなく制度改善へ向けて請願署名活動を取り組みますが、今回の要求項目には『指導員・経験加給の新設』があります。その必要性は、今回のエピソードでもわかるのではないでしょうか?
 ところでそのA実ですが、なんとまぁ、そんな気を遣わなくてもいいのに…と思うのですが、このところはおやつの差し入れも持って…。

2009年11月16日

指導員冥利


 今、どこの世界も厳しいが、好景気、そして不況などの社会の状況に左右されず常に厳しい指導員の仕事。しかしやりがいは、比べることはできないが何にも負けない。ただそうは言うものの、実際、子どものみならず色んな保護者の皆さんと関わるから、苦しくなることも多い。
 しかし、それ以上に心が通い、繋がっていると感じる瞬間も日々あり、そんな想いが私を支え、私は今ここに居る。

 さて、先日も学童指導員をやっていて良かったと思う出来事があった。職場の近くにできた大型家電量販店にプリンターの用紙を買いに行った時、高校生のグループとすれ違った。なぜかその中心にいた女の子と目が合い、お互い一瞬見合ったが、何も言葉を交わさずすれ違った。その後目的の商品を手に取りレジに向かおうと振り返ると、そこにはちょっと前にすれ違った高校生の女の子が…。
彼女は首を傾げながら、
「シャリバン…?」
「……」
「まだ、指導員やっているの?Y那(彼女の名前)だよ、忘れちゃった?」
「…Y那…?」
 そう、高校生になり、そして社会人に向かう中、女の子は外見が大きく変わることがあるため、声をかけられなければわからないということ、そうしたことはよくある。
彼女は再び、
「Y那だよ、忘れちゃった?」
「忘れてないよ!今、A高校に行っているんだって?」
「よく知っているね」
「この前、お父さんに聞いたんだよ。いやぁ~、でも変わったね…」
 そして二言三言交わした後、
「声をかけてくれて、ありがとう。声をかけてくれなければわからなかったよ。声をかけてもらえて、嬉しかったよ。シャリバン…、Y那に嫌われていると思っていたから…」
 Y那はお隣K学童に在籍していた子のため、毎日接していたわけではなく、彼女が高学年になるにつれ接点が少なくなる中、彼女も思春期を迎える中、合同保育で時々会う時などは私に対しては壁を作っていた。彼女のその時の態度で、私はそんな風に感じていた。
 この私の言葉を受け、Y那は
「エーッ、そんなことないよ。うち…、あの頃…、自己表現が苦手だったから…。でも、うち…、変わったんだよ(#^.^#)!」
 ワカル、ワカル、コエヲ カケテクレタ キミ、ソシテ キミノ イキイキトシテイル エガオ。キット、イマノキミノ コウコウセイカツハ、ジュウジツシテイルンダネ。
 あの頃…、自己表現が苦手だったから…と、自己分析をするY那。きっとこの間、どこの家庭でもあるようにお父さんやお母さんとの関係の中では色々あったことと思うが、子どもって、着実に大きくなって-。
そしてこんな子どもたちの姿に触れた時などは、
“指導員をやってて良かったな…”
と。
 Y那、声をかけてくれて、ありがとう。
さて、そのY 那は別れ際、その時は学童の同期生であるUちゃんも誘って
「今度、(学童に手伝いに)行くね」
と。今からその日が楽しみである。

2009年8月15日

休暇の後

 皆さんは『木曽節』をご存知でしょうか?私の田舎の民謡で、ちなみに一番の歌詞は以下の通り。

  木曽のナー
  中乗りさん木曽の御岳
  ナンジャラホーイ
  夏でも寒い
  ヨイヨイヨイ

  *写真-宿場町の我が故郷   
 
 「夏でも寒い」…
 すでに故郷で生活していた時間より、ここ名古屋で生活してる時間の方が長くなっている私にとって、小学生の時など田舎で毎年夏にはこの盆踊りの輪の中に入っていたものの、この歌詞の意味は?でしたが、今はつくづく「本当にその通りだなぁ」と。

 この時期、「暑い」が挨拶語の名古屋ですが(^^ゞ、我が故郷は今夏も朝夕はやはり寒く、暫しのお盆休暇を、快適に過ごしてきました。たまに帰省する私たち家族にとっては快適な(寒いぐらい!)そんな田舎も、そこで暮らしている両親はことあるごとに、
「暑い、暑い…」 
と、扇風機をまわしていました(^^ゞ。
 * ちなみに、私は一般家庭用のエアコンとゴキブリ(一般家庭用?)は、
  名古屋に出てきて初めて見ました。

 さて、快適…といえば、今回の休暇中、丸三日間パソコンに触らなかったこと、これも“快適”と思えた大切な要因かも。私がパソコンを手にしたのは2000年12月、以来、丸三日それを触らなかったなんてことはなかったように思えます。パソコン、これはある意味魔法の箱です。できることが増える中、凝り性の私は、また私自身の“美学”もあるため(^^ゞ、本当に夢中に!こうした中、自分自身で満足できたことや便利になったと思うことはありますが、また、今の時代、必要なものでしょうが、パソコンを手にしたこと、一方では大きな後悔です。
 パソコンを手にし夢中になった時期、それはちょうど我が子の学童期や保育園時代で、だからきっと我が子は家ではいつもパソコンに向かっている、仕事をしているそんなオヤジの姿しか…。しかし子どもたちは「トウサン」と。もちろんそれは子どもたちだけでなく…。

 オイオイ、ナニ、カンショウニ ヒタッテイルンダ?
ソンナジカンガアルナラ、ヤラナキャイケナイコトガアルダロウ?

 さぁ、何から手をつけよう?
丸三日何もやらなかったことで、日々の保育、明日の体制と昼食メニュー、HPの更新、合同の指導員体制と会計業務、キャンプ、子どもまつり…e.t.c.
 とりあえず、気になっていたBlog、一ヶ月ぶりに更新できたかな。

2009年6月12日

フォローになっていな~いッ(#^.^#)!

 今年の一年生のお友だちはみんな真面目!
「公園へ行く時は帽子をかぶろう」
という私のお達しをしっかり受け止めてくれているので、公園へ行く時には黄色の帽子が六つ、仲良く揺れています。
 中でもR太郎くんはチョー真面目、そしていつも真剣です。
 例えば、先日、学童の庭で遊ぶために外へ出たR太郎、しかし、
「あっ、ぼうし…」
とすぐに部屋に戻ってきました。
「今日は太陽は出ていないから、帽子はかぶらなくてもいいよ」
 やりっ放し、そして私たち指導員の言うことなんてどこ吹く風(^^ゞ…といった感じの子が多い中、本当に奇特な子です。
 ただ、真面目すぎて、思わず笑ってしまうことも!
一輪車を練習していたCちゃんの写真を撮った時、
「Cちゃんって、よく見るとお母さんに似ているね」
と言うと、Cちゃん
「エーッ!やだぁ、あんなデブ!」
「……」(^^ゞ
 するとこんな私たちのやりとりを聞いていたTくんとR太郎、まずTくんが憮然とした表情で(この子もR太郎に負けず劣らず真面目!)、
「そんなこというもんじゃない」
すると、そんなTくんの言葉を受けたR太郎くん、真剣な顔で
「そうだよ、いくらデブだって、そんなこといったらシツレイだよ!」
「……」(^^ゞ
 もう、返す言葉がありませんね(#^.^#)。でも、R太郎くん、それでは、
フォローになっていな~いッ!
 昨日、6月11日付けの朝日新聞『天声人語』で子ども達のほのぼのとした「あのね」が紹介されていましたが、子ども達との生活の中には、思わず笑ってしまうような、そして心が温かくなる彼らの言葉や想いがたくさんあります。
 そんな瞬間に立ち会えること、指導員の役得です。
*ちなみにCちゃんの言葉ですが、もちろん、日常のお母さんとの優しい時間がある中でのものです(#^.^#)。


2009年5月25日

プロとして、しかし…

 21日(木)に大きな会議が終わりホッとしたのか、時を同じく「指導員はツライよ」なんて想いに駆られる出来事があったためか(^^ゞ、金曜日の保育中から久々に熱が出た。熱自体はそう高くはなかったものの23日(土)の朝になっても下がらず、この日はたまたま体制があったため16:00までは休暇を。体調不調で長時間、保育を休むこと…、これもまた何年ぶり?
 さて、私たち指導員は…というより、保育・教育に携わる者は子どもたちの瞬時に過去となる“今”という点をつなげて、それを線にして子どもたちの今を見ている。たとえマイナスだと思うことがあったとしても、それもなければ今は存在しないだろう。そして特に学童の場合は、そのことの共感を大切にしてきている。しかしそうしてつないできたものが、そうしたすべてのものがある瞬間の点だけで否定されてしまうと、出会った時からの子どもたちの色んな想いや表情を見ている私たちは、気持ちの置き場がなくなってしまう。
 こんな風に思うこと自体プロとして失格かもしれないが、また、こんな抽象的な記載、
「ナンノコッチャ?」
と思われる方が大半かと思うが、今回は熱にほだされたということで…。
 ところで、学童では絵本の読み聞かせを行っており、最近出会った絵本で、そのきっかけをはかっていた絵本を、先週末、私自身へ向けても読んだ。絵本の読み聞かせを行うと、多くの子が身を乗り出しながら一生懸命聞いてくれ、そんな時の子どもたちの表情はとてもステキである。
 *ちなみにこの絵本、偶然にも今年度の
  学童通信『てだのふぁ』誕生日特集号と、テーマが同じです。