2011年6月9日

その日の前に

  先週末、田舎へ帰った。特別用事があったわけではないが土曜日休みをとることができたと共に、普段無精であるため顔を見せることだけでも親孝行かな…と。
 そんな帰省、家族と一緒でなく一人で帰るときはJRを利用する。特急を使わないと所要時間は車でもJRでもあまり変わらないが、もともと車の運転は好きではないので、JRでの帰省は気楽であると共に実に快適だ。何が一番良いかって?それはもちろんビール片手(^_^;に本を読むことができるからだ。
 さて、GWに帰省したときにその人出の多さに驚いたが、今回はさらに!観光客の多さはGWの比ではなく、町中は至る所で“ここは名駅?”と思うぐらいの大渋滞。
 私の田舎では6月第一週の週末は『漆器祭・宿場祭』が行われており
「ものすごい人だ」
ということは、帰省する度に母から聞いていたが、まさかこれほどとは\(◎o◎)/!そしてその人出はお茶壺道中が始まる頃には最高潮に。漆器祭・宿場祭は私が田舎で暮らしていた頃からあったが、いつから始まったのか?、地元だというのにお茶壺道中は初めて見た。 過疎化が進む中、色々な工夫が。

 さて、帰りはこれまた初めてナイスホリデー木曽路を使った。通常は中津川での乗り換えが必要だが、これだと乗り換えなしで名古屋へ。町中、そして駅のホームでの人の多さに、“もしかしたら2時間30分”立ちっぱなし…?と、戦々恐々としていたがこれはいらぬ心配であった。車両数も多く、中津川までは私の座った車両には私も含め3人と、まさに貸し切り状態。もちろん片手には缶ビール、もう片手には本。
 ところでナイスホリデー木曽路、乗り換えがない分快適なはずだが、私には一つ大きな問題が。普通列車→中津川から快速利用といったパターンであれば、中津川で泡の出る物を補給できるが(^_^;、しかし乗り換えなしだと補給が…。しかし先日は恵那に停車したとき、
「特急列車の通過待ちで4分ほど遅れます。皆様にはご不便をかけて…」
との車内アナウンス。
 …ご不便?とんでもない(#^.^#)!私にとっては、どうそ、どうぞ。4分で補給とトイレはきわどいな…と思いながらも、F1のピットストップ作業ばりの早さで、無事目的を達成!

 さて、今回の帰省、大切なことを話そうと思って出かけたが、やはり今回も切り出せなかった。母の健康の上に成り立っている、田舎での父の暮らしと私たちの名古屋での生活。
 しかし、やがて訪れる、その日。その日は1年先か10年先か?
もしかしたら、それはこのブログの投稿ボタンをClickした次の瞬間かも…。そう考えると、色々な事をきちんと確認しておかなければならないと思う。
 また、可能な限り一緒に過ごす時間をつくっておきたいと思う。

2011年6月7日

I'm 学童指導員

 指導員の仕事って…?
魅力あるものの、きっと多くの指導員の皆さんが悩みながら、日々働いていることと思います。
 子どもたち、そして保護者の皆さんと心が通ったときの喜び、逆に想いが空回りし心の置き場がなくなってしまうときなど、その魅力や悩み、それは何れも人が相手であることから。
 そしてその仕事の中身も際限がないことも魅力であると共に、これもまた多くの指導員を苦しめていることになっているのではないかと思います。
 さて、そんな指導員の仕事って?
『日本の学童ほいく』誌・6月号に垣内 国光先生が「共感共生労働としての学童保育」という論文を寄稿されていて、指導員の仕事について論じて下さっています。
 指導員の仕事を“ケア労働”として問題提起されると共に、指導員を「余計なことまでしたがる人々」と。「余計なことまでしたがる人々」…、我が身を振り返るとジグソーパズルの最後の1ピースのように、まさにピッタリとはまります(#^.^#)。そしてこの定義は指導員に対しての最大の賛辞なのではないかと思います。
 以前、港区連協20周年記念で三上 満先生の講演を行ったとき、我が身、我が家庭を省みず学童の父母会や連絡協議会の活動にのめり込む人のことを、
「お人好しでおっちょこちょいの人」
とし、そんな
「お人好しでおっちょこちょいの人が、運動をつくり支えている」
と述べられたとき、温かなエールを贈られたと感じましたが、「余計なことまでしたがる人々」にも同じような響きと温かさが。

 さて、前置きがながくなりましたが、日々学童保育の現場で奮闘されている指導員の皆さん、本当にご苦労さまです。
 垣内先生の「共感共生労働としての学童保育」には指導員の仕事についてのヒントがあるとともに、これからのバイブルの一つになることと思います。ぜひ、お読み下さい。
 もちろん、保護者の皆さんも。

 mixiに私が管理人を務める『学童保育-仲間の広場-』コミュもあるので、良ければ、コチラもご参考に。

《写真》8年前の娘。従姉妹達と。

2011年5月22日

東日本大震災 学童保育復興支援

 3月11日は私の誕生日ですが、悲しくもこの日は日本の人たちにとって、いえいえ…日本のみならず世界の人たちにとっても忘れることができない一日になってしまいました。人類の歴史に刻まれるであろう、そんな一日に…。
 未曾有の大災害に見舞われたものの、同じ日本に暮らしながらもここ名古屋では、その日の前と変わらない同じ日が続いていて、そんな中でこのことを考えると本当に苦しくなります。そして「がんばろう日本!」や「(被災された皆さんの)気持ちがわかる、わかりたい…」などの言葉は、時として空虚なものに。
 こうした中、今、私たちが行わなければならないことは?行えることは?
 しかし思っているだけではダメ。具体的な何かを?そこで、今後私が継続的に行う事ができることとして、先日、朝日新聞朝刊で紹介されていたワンコインズサポーターズ、ここに登録します。
 同時に学童保育関係者としてできることは?
ここあいちと名古屋の学童仲間が『東日本大震災 学童保育復興支援えがおプロジェクト』を立ち上げ、本日・22日、現地視察チーム報告会が行われ(写真)、足下が悪い中であったものの多くの仲間がかけつけました。今後、具体的に何を行っていくのかについてはここで提案されていくと思うので、皆さん、ぜひここへのML(メーリングリスト)登録をお願いします。

東日本大震災学童保育復興支援 えがおプロジェクト

2011年5月19日

八日目の蝉

 読んでから観るか、観てから読むか…?いずれにしても良い作品です。
 特に、映画では永作博美さんの演技はすばらしかった。
   よって、オススメの一冊と一本に追加です。ところで、以前は邦画をまったく観なかった私ですが、最近は結構邦画も…。次は『岳』かな?
 
八日目の蝉 (中公文庫)

2011年5月5日

NHK朝の連ドラと観光効果 Part,2

 この町並みが…
NHK朝の連ドラではこの様に…(同じ場所です)。 
 我が実家の前に出ると聞くともなしに聞こえてくる観光客の方の声。
「ここが(中村邸)、あのアメ屋さんか…」
皆さん、朝の連ドラを見ているのですね。
 ちなみにアメ屋になったこの屋敷は、もともとは天保の大豪商櫛問屋・中村利兵衛の屋敷で、ここが重要文化財になる前は私の親戚親子が生活していました(^^ゞ。その後、その親子が引っ越した後、一般開放される前は(今だから言えますが)私たちの遊び場でした。

 ここでは利用料金が200円になっていますが、現在は300円です。

NHK朝の連ドラと観光効果

 今年のGWは一泊二日で田舎に。
 さて、以前このブログで私の田舎が現在進行形で放映されている(2011年5月現在)NHK朝の連続ドラマ『おひさま』のロケ地になったことをお伝えしましたが、その影響、観光効果の大きさにはただただ驚くばかり!
 私の田舎は奈良井宿。国道19号から奈良井川とJR中央西線をわたってかつての中山道宿場町に入りますが、その手前にある冬場はチェーンの着脱場になるような、それだけのピットスペースが駐車場になっていたことから、もしや…?と。そんな予感通り、そう、私の田舎にはこのこれまで見たこともないような人、人、人で溢れかえっていたのです。
 これにはもう本当に驚きました。全国ネットの番組のロケ地になるという効果、このことは本当に大きいのですね。
 ところで、皆さんはこの朝ドラ、ご覧になりましたか?
 …私?通勤とその前の家事に追われ、まだ一度も(^^ゞ。ちなみに私の田舎を使ったシーンが電波にのるのは5月下旬までだそうです。

2011年3月19日

卒業、おめでとう!そして、ありがとう(#^.^#)!

 前回、BlogをUpしたのは2月15日(^^ゞ…。う~ん、忙しかったとはいえ、相変わらず時間の使い方が下手!おまけに飲まなきゃいいのに、そこは削らずむしろ増えているので余計始末が…。
 では気を取り直し、これから少しずつ感じたことを、皆さんと共有したいウレシイ話しなどを少しずつUpして行きますね(どうせ三日坊主!だなんて言わないで(#^.^#))。

 昨日、3月18日(金)は名古屋市市立小学校の卒業式でした。今年、中川学童では一足先に養護学校の卒業式を終えたS香と共に、K心とN詠を卒業&卒所生として送り出します。2005年度入所のこの学年、当時は8名が入所しましたが、その後引っ越しなどもあり学童を“卒所”するのはS香・K心・N詠の3人です。
 学童に6年間在籍するということ、これは手前味噌かもしれませんが、とてもステキなことだと思います。かけがえのないことだと思います。学童に6年間在籍するには子どもの想いだけでもダメ、お父さん・お母さんの想いだけでもダメ。親子の想いがくっついたり離れたりしながらも学童とつながり、学童に親子共の確かなイバショとなれる仲間が居ることで実現できるのではないかと思います。
 さて、そんな卒業式の日、とても嬉しいことがありました。
 中川学童では卒業式の日は式を終えた卒業生と家族が学童に立ち寄り、みんなで記念写真をとります(この情報は近日中、当学童保育所HPにUpするので、ぜひお出かけ下さい)。そんな思い出の時間を過ごし子どもたちが昼食をとっていると(この時間、私は実務仕事)、相棒指導員から、
「珍しい人が(外に)…」
の声。その声に玄関へ出てみると、Y翔とお父さん・お母さんが!
 今年卒業を迎えた2005年度入学&入所のY翔とK家は引っ越しのため、その年の12月で中川学童を退所しました。学童入所時にはすでに転居・転校が決まっていたとのことなので、これは仕方のないことです。しかし、そこがK家のステキなところで、学童退所にあたっては随分悩まれたそうです。入所前と入所後では、学童の印象が大きく変わったとのことで、その時すでに中川学区外で契約していた新居の解約も考えられたとか。
 きっと、お父さん・お母さんは、学童は“ただ預けるだけの場所”ではなく、子どもを真ん中に“人と人がつながっている場所”“放課後のおうち”だと感じられたのでしょうね。
 K家が引っ越し・退所されてから5年、Y翔が中川学童で過ごしたのは僅か9ヶ月だったのに、Y翔とK家にとって大切な日に会いに来て下さった…。とても嬉しかったです。
 久しぶりに会ったY翔はスラッと身長が伸びていて、しかし人懐っこい笑顔は変わらず、Kさんご夫妻も相変わらずお若く(#^.^#)…、久しぶりにお会いできて、本当にうれしかったです。
 Y翔、そしてKさん、ありがとう。
 そして、卒業、おめでとうございます。

《写真》2005年、学童の庭で(猫の額ほどの(^^ゞ)